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大阪高等裁判所 昭和41年(行コ)10号 判決

兵庫県芦屋市松の内町八番四号

控訴人

塚本正二

大阪市東区大手前之町

被控訴人

大阪国税局長

丸山英人

右指定代理人

法務事務官

景山法

法務省検事

上野至

大蔵事務官

高橋和夫

有藤義樹

石黒憲一

右当事者間の頭書の事件について、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

控訴人の当審における新請求を棄却する。

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、控訴人

第一次的に、当審における新講求として、

「(一)、原判決を取り消す。

(二)、被控訴人が昭和三七年一月二三日付をもつてなした控訴人の昭和三二年度ないし昭和三四年度の各所得税に関する各審査決定は、いずれもこれを取り消す。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする」

との判決。

予備的追加的に、原審以来の講求、すなわち、

「(一)、被控訴人が昭和三七年一月二三日付をもつてした控訴人の昭和三二年度ないし昭和三四年度の各所得税に関する各審査決定は、そのうち、

(1)、昭和三二年度分につ、総所得金額六〇九、七六二円、課税総所得金額五二二、二〇〇円、所得税額一〇八、二八〇円、無申告加算税二七、〇〇〇円、重加算税額五四、〇〇〇円を超える部分を、

(2)、昭和三三年度分につき、総所得金額一、〇八九、八四〇円、課税総所得金額九九九、八〇〇円、所得税額二一一、二五〇円、無申告加算税額五二、七五〇円、重加算税額一〇五、五〇〇円を超える部分を、

(3)  昭和三四年度分につき、総所得金額七七二、九二〇円、課税総所得金額六八二、九〇〇円、所得税額一二五、五〇〇円、重加算税額六〇、五〇〇円を超える部分を、

それぞれ取り消す。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」

との判決。

二、被控訴代理人

「一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。」

との判決。

第二、当事者双方の主張および証拠関係

つぎのとおりの追加をするほか、原判決事実欄の記載と同一であるので、みぎ記載をここに引用する。

一、控訴人の主張について

(一)、第一次的講求の原因

(1)、芦屋税務署長が昭和三五年七月一九日付をもつて控訴人の所得金額およびこれに対する税額についてした昭和三二、三三年度分についての各決定処分および昭和三四年度分についての更正決定(以下各年度の原処分という。)には後述のような違法があり、したがつて、各原処分を実体的に審理したうえで控訴人の審査講求を棄却した被控訴人の本件審査決定もまた違法である。

(イ) 違法三〇条、三一条、八四条、国税通則法八八条は納税者に対する課税処分が実質的にも手続的にも合法的であることを保障している。したがつて、税務署長が特定の納税者に対して所得税の課税処分をするに際しては、処分当時またはそれ以前に知り得た資料の合理的な判断に基づいて適正な手続によりその納税者の具体的な所得金額を査定し、これに基づいて税額を決定することを要し、単なる所得の見込みに基づいて合理的な根拠なく納税者の所得金額を決定し、これに基づいて税額を定めるのは、前記の憲法および国税通則法の法条によつて保障された納税者の権利を侵犯する違法な処分である。それ故に、税務署長が特定の納税者の所得税の課税処分をするに際して、合理的な根拠なく単なる見込みだけでその者の所得金額を決定し、これに基づいて課税処分をした結果、その際に課税の対象とした納税者の具体的な所得のうち合理的な根拠に基づいてその存在を認めることができる所得のみでは当該課税処分で決定された所得金額に達しないときには、たとえ、その後の調査の結果、その納税者に右課税処分中で課税の対象とされていない他の所得があることが判明し、その金額を加算すれば、前記合理的な根拠に基づかないで納税者の所得とされた金額を除外しても、結局においてその納税者の所得金額が前記課税処分中で決定された所得金額に達する場合であつても、このような課税処分は、合理的な根拠に基づかない、また、適法な手続によらない課税処分として違法である。けだし、前記課税処分は適正合理的な手続により所得の認定を受くべき納税者の法的利益を侵害する処分として、それ自体が実質的にも手続的にも違法であつて、前記のように、根拠もなく見込みだけで決定された所得金額から、後日の調査の結果実在しないことが判明した所得の金額を差し引き、新に発見された所得の金額を加算し、このようないわゆるドンブリ勘定の結果、当該課税処分で決定された所得金額がその納税者の実際の所得金額を超えないものであることが判明しても、前記課税処分自体の違法性は治癒されないからである。

そもそも、税務抗告訴訟は課税処分の違法性それ自体を訴訟物とする争訟であつて、いわゆる債務不存在確認訴訟に類似するもの、すなわち、課税標準の実体的存否に関する争訟ではない。したがつて、所得税の審査決定の取消請求の訴訟にあつては、当該審査決定の原処分である所得税の決定処分または更正決定処分が処分前の資料上合理性を有するかどうかに基づいて審査決定が適法であるかどうかを判断すべきものであつて、処分後の調査に基づいてその納税者に右決定処分中で決定された所得金額に達する金額の所得が実際にあつたかどうかによつて原処分の当、不当を判断すべきものではない。

(ロ) 本件の場合には、証拠によると、

1 昭和三五年三月二四日訴外門田作二からの投書(乙第八号証)

2 同年七月一九日本件原処分たる決定処分および更正処分

3 同年八月一五日控訴人からの再調査請求

4 同年一一月一一日右再調査請求の棄却

があつたが、続いて控訴人の審査請求および行政訴訟が必至となるや、芦屋税務署長および被控訴人は右原処分の根拠付けに奔走し、次の順で、控訴人の所得額に関する証拠を入手した。

5 昭和三五年一一月一七日、乙第二四号証の一、二

6 同年同月三〇日 乙第一八号証

7 同年一二月九日 乙第一七号証

8 昭和三六年五月二三日 乙第七号証

9 同年六月二一日 乙第五号証

10 同年七月一一日 乙第二〇号証

11 同月一六日 乙第二一号証

12 同月二一日 乙第三号証

13 同月二五日 乙第四号証

14 同月三〇日 乙第二号証

15 同年八月一二日 乙第一号証の一ないし三かくて、

16 昭和三七年一月二三日本件審査決定があり、引き続いて

17 乙第一一号証、乙第六号証、乙第九号証(いずれも昭和三七年中)

18 乙第一二、第一三、第一五、第一〇、第一六、第一四号証(いずれも昭和三八年中)

19 乙第二三、第二二号証(いずれも昭和三九年中)

と被控訴人の証拠収集が続けられた。

元来、昭和三五年七月一九日の本件原処分当時には、芦屋税務署長は控訴人昭和三二年度ないし昭和三四年度の各所得税に関し決定処分および更正処分をするなんらの合理的根拠も有していないにもかかわらず、投書に基づいて慢然と右各処分をしたのであつて、このような合理的根拠を欠く課税処分は適正合理的な手続により課税を受けるべき国民の法的利益を侵害する処分として違法であつて、仮に被控訴人がその後の調査によつて原処分および本件審査決定の根拠付けに成功したとしても、これによつて右違法は治癒されない。

よつて、本件審査決定のうち、控訴人審査請求を棄却した部分は取消されるべきである。

(2)、本件審査決定のうち控訴人の審査請求を却下した部分については、控訴人の再調査請求は当然に各年度の原処分の加算税、重加算税部分についても再調査請求をしたものと解すべきものであるから、このような再調査請求の前置を欠くものとして控訴人審査請求を却下した被控訴人の審査決定は違法で取消されるべきである。

(二)。追加的予備的請求について

(原判決の事実欄の摘示と同一)

二、被控訴代理人の主張について

(一)  第一次的請求についての答弁

(1) 審査請求を棄却した審査決定部分に関して

課税処分(申告も同様である)は、客観的、抽象的には既に成立している租税債務を具体的に確定させる手続であるから、当該課税処分が違法であるか否かは、いつに当該処分において認定された租税債務が客観的に存在するか否かにかかつている。したがつて、原処分庁が処分時に、どのような調査をし、どのような資料にもとずき、どのような認識判断をしたかというようなことは、ひとつの歴史的事実であつて、それによつて課税処分の適法、違法が左右されるわけのものではない。

そうすると、課税処分取消訴訟の審理の対象は、租税債務たる課税標準および税額が客観的に存在するか否かであつて、控訴人の主張するような、課税処分庁が課税処分をするに至るまでの経過的手続の当、否ではない。仮に、控訴人主張のように、税務訴訟を名実ともに抗告訴訟と解しても、一般に税務訴訟の訴訟物は処分の違法一般であるとされ、処分の違法一般を訴訟物とする訴訟においては、被告処分庁は、特段の制限的規定のない限り、処分の効力を維持するための一切の根拠を主張することができる。したがつて、訴訟における被告庁の主張を、税務署長が処分時(審査決定においては審査庁の決定時)において現実に申告洩れがあつたことを認識していた所得源泉に制限するのは相当でない。被告庁は、当然に、税務署長が処分時には認識しなかったが、客観的に存在することが訴訟の段階に入つて後に認識された所得源泉も主張することができる。被告庁が訴訟において主張することができる所得源泉を税務署長が課税処分時に認識していたものに限るべきである旨の控訴人の主張は理由がない。

(2)、審査講求を却下した審査決定部分に関して

本税の課税処分と過少申告加算税、無申告加算税、重加算税の各賦課処分とは、いずれもその根拠法条を異にし、したがつて、課税要件を異にする各独立した全く別個の処分である。したがつて、本税の課税処分に対して再調査請求がされても、当然に加算税についても再調査の請求がされたことにはならない。もつとも、本税についての再調査決定で原処分の一部もしくは全部が取消されたときは、本税の減少に従つて加算税が減額されることはあるが、この場合の加算税賦課処分の取消は再調査決定によるものではなく、本税の再調査決定によつて本税が減額された結果として、加算税の課税要件に異動が生じたからに外ならないのであつて、この意味で、本税についての再調査請求は当然に加算税についての再調査請求を含むものということはできない。本税についての再調査請求と加算税についての再調査請求とは全く別個のものである。

本件の場合、控訴人は原処分に対して加算税の再調査請求をしていないから、控訴人の加算税の審査請求を不違法として却下した本件審査決定にはなんらの違法もない。

(二)  予備的追加的請求について

(原判決事実欄摘示と同一)

三、証拠関係について

当審において

控訴人は当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人は当審証人土手金雄の証言を援用した。

理由

一、第一次的請求について

(一)、本件審査決定中審査請求を棄却する部分について

本件の場合には、後述(後記本判決引用にかかる原判決理由の記載)のように、原処分および本件審査決定の対象となつた控訴人の所得は、控訴人の昭和三二、三三、三四年度の各年度毎の不動産所得および金融業による事業所得であつて、そのうち各年度毎の不動産所得および同課税所得金額に関しては当事者間に争いがなく、争点はもつぱら各年度毎の金融業による課税所得金額に限られている。したがつて、本件の場合には、もつぱら、特定の担税者の単一の事業から単一の課税年度内に生じた事業所得に関し、その事業所得の内訳をなす個個の所得源泉が税法上どのような取扱いを受けるかを判断すれば足りるわけである(したがつて、本件の場合には、審査決定において二個以上の事業による事業所得やその他の所得が査定された場合に、甲の事業においては査定所得金額が客観的課税所得金額を超過しているが、乙の事業においては不足しているために、両者を合計すれば査定所得金額が客観的課税所得金額を超過しないときや、事業所得の査定金額は客観的課税所得金額を超過するが、その他の査定所得金額が客観的課税所得金額に不足しているので、その担税者の総合的所得においては査定所得金額が客観的課税所得金額を超過しないときなどのように、二個以上の課税物件に対する課税額に過不足あるときに、課税処分取消訴訟において審査決定を全面的に維持することができるかどうかの問題を含んでいない)。

所得税の課税処分においては、特定の担税者の単一の事業から単一の課税年度内に生じた事業所得は全体で一個の課税物件と観念されるから、税務署長は所得税の決定処分または更正処分において一個の事業による特定年度の課税可能な事業所得金額を決定するに当つては、調査によつて知り得たその担税者のその事業からその年度に生じた事業所得に関係のある各種雑多な資料について、自分または係官の職務上の知識経験によつて総合的に判断し、その事業のその年度の課税所得金額を定むれば、右判断の合理性を否定すべき特段の事由がない限り、一応その事業所得金額の合理的な決定をしたものと云うことができるのであつて、必ずしも、単一の事業所得の内訳に当る個個の所得源泉についての証明された資料に基づいて事業所得金額を決定しなくても差支えないと解するのが相当である。けだし、課税庁に対しこのような個個の課税源泉についての資料の蒐集を要請するのは不可能を強いるものにほかならないからである。

さて、原処分の特定の事業による事業所得額の決定に対して再調査申請や審査申請があつた場合には、課税庁や審査庁は右申請のあつた特定の事業による事業所得についてのみならず、その担税者の総所得について再調査や審査をすることができるから、原処分が特定の事業による事業所得について過大な課税所得金額を決定していても、その担税者のその事業による事業所得以外の所得について課税洩れや過少評価等があつて、原処分に表示したその担税者の総所得金額や税額が客観的総課税所得金額や税額を超えていないときには、課税庁や審査庁は原処分を維持して申請を棄却することができる。まして、同一の事業による同一の課税年度内における事業所得については、原処分に表示した所得金額が客観的所得金額を超過しない限り、その内訳にあたる個個の所得源泉についての税務署長の想定について過誤があつても、原処分を違法と云うことはできないこと明白である。

また、審査決定に対して課税処分取消訴訟の提起があつた場合にも、少くとも特定の担税者の単一の事業による単一の課税年度内の事業所得に関する限りでは、税務署長が処分時(審査決定においては審査庁の決定時)において申告洩れがあつたことを認識しなかつた所得源泉が訴訟の段階で客観的に存在することが認識されたときは、被告庁は右所得源泉の存在を新に主張し、これによつて審査決定の適法性を主張することができると解するのが相当である。けだし、課税処分取消訴訟においては、少くとも同一事業による同一年度内の事業所得についての審査決定は全体として適法、違法の判断を受けるべきで、その事業所得に属する個個の所得源泉の存否は、右判断の資料に過ぎないからである。

本件の場合、後述のように、原処分で決定された昭和三二、三三、三四年の各年度における控訴人の金融業による事業所得金額は、いずれも、客観的課税所得金額を超ゆるものでないことが認められ、且つみぎ各年度における控訴人の不動産所得金額については当事者間に争いがなく、結局、原決定は、控訴人の右各年度における総課税所得金額についても客観的総課税所得金額を超ゆるものでないことが認められ、税額の算定にも過誤がないから、全体として適法な処分であると云うことができるのであつて、仮に、控訴人主張のように、事業所得の内訳に当る個個の所得源泉についての主張や証明が当時欠陥していたとしても、そのことは原処分の適法性を傷付けるものではない。したがつて、本件審査決定中、原処分を相当として控訴人の審査申請を棄却した部分は相当で、控訴人の本訴請求中、同部分の取消しを求める部分は失当である。

控訴人は原処分および本件審査決定が違法である旨をるる主張するけれども、独自の見解であるので、採用することができない。

(二)、本件審査決定中、控訴人の審査申請を却下した部分について

成立に争いのない甲第三号証によれば、控訴人は昭和三五年八月一五日芦屋税務署長に対し、原処分中本税の賦課処分のみに関して再調査の請求書を提出したことを認めることができる。控訴人は、原処分が、本税のほか無申告加算税と重加算税を賦課したものであるときは、これに対する再調査申請は、特に加算税額についても再調査を求むる旨の記載がなくても、加算税額を含む原処分の全内容についての再調査申請に当ると主張するので、右主張について判断するに、本税についての再調査決定や審査決定で原処分の一部または全部が取消されると、右取消された本税部分に対応する各種加算税の各賦課処分は当然に取消されるから、本税について再調査申請や審査申請をした場合には、右本税に対応する各種加算税について本税の課税処分の取消しに随伴する取消しを求めるために再調査や審査の申請をする必要は全くないわけである。したがつて、加算税についての再調査や審査の申請とは、本税についての課税処分取消の事由がないときにおいても、なお加算税についての独自の課税処分取消事由に基づいて課税処分の取消しを求める申請を指称するものと云わねばならない。前認定の再調査の申請は本税額について再調査の申請をしているだけで、加算税額についてはなんらの言及もしていないから加算税額についての再調査申請と解することはできない。控訴人のこの点についての主張は理由がない。

本件の場合、控訴人が同年一二月三日被控訴人に対して、本税額に関してのみならず、無申告加算税額と重加算税額を含めて審査申請をしたところ、被控訴人は昭和三七年一月二三日付をもつて、右各加算税額については再調査請求の手続を経ていないので、審査請求の要件を欠き不適法であるとの理由で右申請を却下したことは、当事者間に争いがなく、控訴人が右各加算税について再調査請求をしたことを認めるべき証拠のないので、本件審査決定中、前記各加算税額についての審査請求を却下した部分は正当で、右却下部分の取消を求むる控訴人の請求は失当である。

以上の理由により、控訴人が第一次請求として当審で新に提出した請求はすべて失当であるので、これを棄却すべきものである。

二、追加的、予備的請求(原審以来の請求と同一)について

当裁判所は、控訴人の本項の請求を失当として棄却するものであるが、その理由は原判決の理由欄の記載と同一であるので、右記載をここに引用する。

当審における控訴人本人尋問の結果中、当裁判所の認定(右引用部分)に反する供述部分は右認定に用いた各証拠と比較して措信しない。

三、結論

以上の理由により、控訴人の第一次請求を棄却し、控訴人の追加的予備的請求についての原判決は相当で本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとして、民訴法三八四条八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 長瀬清澄 裁判官 岡部重信 裁判長裁判官三上修は退官につき署名捺印することができない。裁判官 長瀬清澄)

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